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京の文化ともいえる伝統の味を守り続ける
いもぼう平野家本家 京都ならではの「出合い」が生んだ名物料理 ![]() 元禄から享保のころ、初代・平野権太夫は、京都御所に仕える侍大将であった。ある年、宮様の九州行幸に従者としてお供した際、唐芋という芋を入手し、献上物として持ち帰ったとのこと。円山の地で栽培したところ立派に実り、縞模様が海老に似ていることから、海老芋と呼ばれるようになった。同じころ、松前藩が入洛したとき、やはり献上物として北海道産の棒鱈が納められた。平野権太夫は、まったく別の経路で京に入ってきた海老芋と棒鱈を炊き合わせて「いもぼう」という料理をつくった。いもぼうは宮様に喜ばれて評判となり、権太夫は後に宮家から暇をとって、円山の地で商うようになったという。これが平野家の起源であり、現在「いもぼう」は登録商標となっている。 煮崩れしやすい芋と、煮えにくい干した鱈を一緒に炊くのは、一見理に適っていないようにも思える。しかし、分析によると、棒鱈を炊いたときに出る膠質は、海老芋を包み込んで煮崩れを防ぎ、海老芋から出る灰汁の成分は、棒鱈を柔らかくする性質があるという。その相乗効果によって、約三十時間かけて炊きあげられたいもぼうは、絶妙の滋味を醸し出すのである。古来、京都には全国の物産が集まり、さまざまな事物が出合うことによって、独特の文化を築き上げられてきた。「出合いの物」と呼ばれるいもぼうもまた、京都だからこそ生まれ得た、京都ならではの料理といえるだろう。 一子相伝により、伝統の製法を継承する いもぼうは、創業以来約三百年、十三代に渡って一子相伝の製法を守り続けてまいりました。親子といえども、後を継がない者はいもぼうのつくり方を知ることはできません。私も子供のころから、遊びに興じる兄弟たちを尻目に、先代の父から厳しい修業を強いられたものです。紹介できる範囲でご説明いたしますと、海老芋と棒鱈は、等量を銅の深鍋で必ず一緒に炊きます。これは「夫婦炊き」といわれる方法で、この炊き方でなくては、いもぼうの風味は出ません。互いの成分が補い合うことによって、素朴ではありますが、いもぼう独特の風味が醸し出されるのです。 一子相伝という伝承方法は、ある意味で閉鎖的であるといえるかもしれません。しかし、平野権太夫が編み出した最良の製法を、間違うことなく、正確に後世に伝え続けていくには、やはり、この方法しかないようにも思われます。ある日、川端康成先生がご来店くださったとき、「平野家には、日本独特のいもぼうの味を、これから何百年も伝えていく義務がある」と激励されたことがありました。そうしたお言葉をありがたく受け止め、これからも十四代、十五代はもとより末代までも秘伝の味を継いでまいります。細く永く続けることも、京の文化を後世に伝えていく一つの方法ではないかと、私どもは考えております。 |
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創業 ○元禄〜享保年間(1865年) 商号 ○いもぼう平野家本家 所在地 ○京都市東山区円山公園内 電話 ○075-525-0026 ファクス○075-531-3232 営業時間○午前11時〜午後8時半 定休日 ○無休 予約 ○要予約 |
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